自己成長

「小さな箱から脱出する方法」を読んでわかったこと:人間関係の責任は自分にある

小さな箱に入る猫

こんにちは、「昨日の自分より一歩でも成長を」がモットーの、ダイゴ@come-outです。

「人間関係の責任は自分にある」とはよく聞くフレーズです。相手を変えようとするのではなく、自分を変えることによって人間関係が改善するということです。

このような話に触れると、最初は「なるほど!自分を変えよう」と影響を受けますが、時間が経過するとすっかり忘れてしまい、いつの間にかに元どおり。相手を批判し続ける自分に気づき、がっかりします。

今日ご紹介する本は、相手との関係性が悪い原因は自分のあり方にあり、何よりもその状態を自らが望んでいることが、腑に落ちてわかります。相手に対する自分のあり方を変えていこうと自然に思えるようになります。理性ではなく、感情レベルで。

所々で気づきがあり、読みながらぼんやりと頭の中にイメージしていた自分が苦手とする人のことを、これまでと違った見方ができている自分に気づき、胸が温かくなるかも知れません。

自分の小さな「箱」から脱出する方法

自分の感情に背くと他人を攻撃し始める

あなたを悩ませている相手は本当にひどい人なのかも知れません。しかし、私たちは自己正当化というフィルターによって、本当の相手の姿よりも悪く見ていることがあります。

いったん自分の感情に背くと、すべての思考や感情が、何をしようと自分が正しい、と主張しはじめる

これはこの本の肝となる教えです。

あなたは、電車でシルバーシートに空きを見つけ座りました。いつの間にか電車は混雑してきて、自分の座席の前には老人が立っています。一度は席を譲ったほうがよいと考えましたが、行動に移さず座り続けました。

このようなとき、心の中で、次のような感情が生まれてくるかも知れません。

  • やっぱり譲っておけばよかった。気まずいな。
  • まだ若そうなご老人だから席を譲ると失礼かもしれない。
  • 今日は自分も疲れているし、体調も優れないので座る権利があるよな。
  • 始発を待っていれば必ず座れるのだから、座りたいのなら、そうすべきだ。
  • なんで僕の前に立つのだろうか。もっと若そうな人の前に立てばいいのに。
  • 席を譲れと言いたそうな表情だ。無礼な人だ。

最初は老人に対して敬う気持ちがあったのに、座っている自分を正当化するために、自己援護するにとどまらず、見も知らずの老人に対して攻撃的な感情が芽生えています。

このようなことに心当たりはないでしょうか?

相手から攻撃されることを望んでいる自分

「私はAさんに対して関係性を改善しようと思っているのに、Aさんは全くその気がない。ひどい人だ。」

自己正当化をしている状態を、この本では「箱に入っている」と表現しています。この時あなたは箱に入ったまま表面的にAさんとの関係性改善を図ろうとしているのかもしれません。箱に入ったままだと、どんな行動をしようともAさんには何も響かず、Aさんは変わらずあなたに対して攻撃的です。

そして箱に入っていると、自己正当化の根拠を維持するためには、Aさんがひどい人間であるほうが、実はあなたにとって都合が良くなるのです。

「自分は努力している。でもAさんは全くその努力を無視している。やっぱりAさんはひどい人間だ。」と自己正当化を強化します。最初は本当にAさんとの関係性改善を図りたいと思っていたはずですが、箱に入り続けているうちに、関係改善をしたいという本来の目的よりも自己正当化を維持することのほうが大事になっているのです。

人を人としてまっすぐに見られず、自分で作り出した自己正当化イメージを通してでしか見られなくなっている。相手がその自己正当化イメージを脅かすような動きをすると、脅威だと感じるし、自己正当化イメージを強化してくれる人々のことは、味方だと感じる。

自己正当化のイメージのいくつかが、わたしの性格になってしまう

怖いのはそのことに気がつかず当たり前になっていることです。セクショナリズム、戦争、あらゆる組織の対立は、「対立をしている」関係性を維持するほうが両者にとって都合がよい=目的、となっている可能性があります。

あなたの本質は相手に見透かされている

箱に入っている状態だと、相手のためにしているように見える行動をしても相手には響きません。表面的で取り繕った行動は相手に見透かされます。

人間は、相手が自分をどう思っているのかを感じとることができる

自分が相手から、なんとかしなくてはならない問題と見なされているのか、操られているのか、策略を巡らされているのかが、わずかな時間でわかってしまう。

人は理性ではなく、感情で動きます。何を言ったかではなく誰が言ったかで人は動きます。

人間は、相手が自分のことをどう感じているか察知して、それに対して反応する

人はまず、相手の行動ではなく、相手のありよう、つまり相手が自分に対して箱の中にいるか外にいるかに対して反応する

私たちは対立している相手との改善を望んでいるようなことを口で言いながら、実は相手から攻撃されることを望んでいるのかも知れません。

対立する相手のことを知っているでしょうか?

相手の名前に関心がないということは、一人の人間としての相手に関心がないということだ

さすがに相手の名前を知らないということはないでしょうが、相手の趣味や好きなこと、家族構成は知っているでしょうか?

相手のことを知ろうとしたとき、相手に興味を持ち、同じ人間として様々な欲求やニーズがあることに気が付きます。彼の問題を自分のことのように感じることができます。

その時、私たちは自然と箱の外に出ています。表面的なものではなく、本質から相手との関係改善を図ろうとする気持ちが起きてきます。箱の外に出た時、あなたの行動は必ず相手に響くはずです。